低血糖症 資料

柏崎良子著 [栄養医学の手引]より抜粋

45章 低血糖症の概念

低血糖症の概要

自動車のエンジンが酸素とガソリンの燃焼によって動いているのと同様に、人の身体も酸素とブドウ糖の代謝産物が燃焼することによって機能しています(脳細胞と網膜細胞、赤血球、白血球、小腸粘膜以外はアミノ酸と脂肪も代謝します。)。これを内呼吸と言います。キャブレターがガソリンの調節をしているように、細胞の中にブドウ糖が入るのを調整するのがインスリンです。ご存知のように、糖尿病は、膵臓からのインスリン分泌が少ないことの他に、インスリンのリセプターの異常やリセプター以後の異常、そしてインスリン抗体の存在などによるインスリン抵抗性増大によって起こることが知られています。

低血糖症は、膵臓のインスリン分泌に異常(多くは過剰)を来した結果、血糖の急激な上昇及び下降が現れ、それに伴い、さまざまな内分泌系や自律神経の不調和を起こし、身体的・人格的にさまざまな症状を起こすものであります。ここで注意しなければならないことは、糖尿病と低血糖症は全く逆なものではなく、血糖調節異常という立場から見れば、同じ範疇に入る病気とも言えるのです。例えば、糖尿病の人の中に低血糖症が起こることはありえるのです。

低血糖症による障害・症状

低血糖症はブドウ糖の消化、吸収、代謝、調節、いずれの過程が障害されてもおこります。

低血糖症の症状は、障害された病態により、大きく分けて次の3つにわけてみることが出来ます。

1. 低血糖によって身体の細胞がエネルギー不足に陥りそれによってもたらされる症状

ブドウ糖は身体全体のエネルギーの80%を提供します。特に、脳はブドウ糖を唯一のエネルギーとするためエネルギー不足による機能失調の症状を起こしかねません。

異常な疲労感、日中特に昼食後の眠たさ、集中力の欠如、めまい、ふらつき、物忘れがひどい、眼のかすみ、目前暗黒感、呼吸の浅さ、日光がまぶしい、甘い物がむしょうに食べたい、胃腸が弱い、口臭、起床時の疲れ、ため息、生あくび、失神発作、偏頭痛など。

※ 偏頭痛は、血糖が下がった場合に脳の血管に多く血液を送り出す事で必要な血糖量を補おうとすることによって血管壁が圧迫されるためにおこります。

2. ブドウ糖が細胞内に取り込まれて後、ATPが産生されるまでの過程に支障があって、もたらされる症状

ブドウ糖はインスリンの作用で細胞内に入り、解糖系を経てミトコンドリアないで電子伝達系を介してエネルギーとなります。この代謝を司る酵素や補酵素が働かないとエネルギー産生に支障をきたす様々な症状が現れます。

筋肉痛(乳酸が産生され、筋肉や筋膜が刺激されおこります)、易疲労、日中の眠たさ、集中力の欠如、肥満、など

3. 低血糖時に分泌されるホルモンの変動に影響されてもたらされる症状

低血糖時には6~7つのホルモンが分泌され、その中でカテコーラミンによって、精神的、肉体的症状を起こすことが特徴です。

A.副腎髄質ホルモン、カテコーラミン(アドレナリン、ノルアドレナリンなど)によってもたらされる症状

(1). 精神症状:脳は身体全体の血糖の20~30%を消費するので、低血糖状態となると、脳を守るため眠気が襲ってきます。また、理性を司る分野(大脳皮質)に栄養が行かないため(外側にある)、理性の働きが鈍ってきます。他方、血糖値を上げるため分泌されたアドレナリンやノルアドレナリンが情動を司る脳の分野(大脳辺縁系)を刺激し、感情的興奮を引き起こします。ノルアドレナリンは、理性的決断を行う脳の前頭葉46野の神経伝達物質となっているため、低血糖時などで急激に分泌されると、その領域の脳が麻痺し理性的判断が困難となり、精神神経的症状を呈します。

てんかん発作、分裂症、うつ病、神経症、などと診断されることも多いようです。感情のコントロ一ルができなくなり、いわゆる「キレる」という状態や、不安感、恐怖感、焦燥感(イライラ)、自殺観念、怒り、落ち込みなどが起こります。そのため、あたかも性格異常と見誤られることもあります。これは、その人の基本的性格にも影響されます。悪い夢を見たり、不眠となることもあります。

(2) .身体症状:ノルアドレナリンやアドレナリンは、自律神経の交感神経の神経伝達物質なので次のような交感神経を刺激した症状がおこります。
手足の冷え、呼吸が浅い、眼の奥が痛む、動悸がする、頻脈、狭心症に似た症状、手足の筋肉の痙攣、失神発作、月経前緊張症、手指の震えなど

B.その他のホルモンによってもたらされる症状

(1).低血糖時には血糖を上昇させるコルチゾールが副腎より分泌されます。このホルモンは抗アレルギー作用、抗炎症作用を有します。副腎が低血糖症に対応しているため、アレルギーに対して十分力を発揮しきれなくなり、喘息、アトピー、鼻炎などアレルギーの症状や関節炎などの症状をおこしやすくなります。低血糖時には鼻炎や喘息をおこすケミカルメヂエーター、ヒスタミンが分泌されやすいことが知られており、アレルギー症状を増強します。精神的、肉体的ストレスに対しても、十分対応がしづらくなります

(2) . 副腎は同時に塩分調節を行うアルドステロンを分泌します。アルドステロンは副腎が低血糖症で対応し疲れているとき、過剰に分泌され、体内に塩分を貯留し、むくみを起こします。

(3). インスリンの分泌促進は胃酸の分泌亢進をもたらすとともにカルシウムの吸収力低下をもたらします。カルシウムの低下は不安感を呼び起こし、それが更にストレスを呼び起こす。胃酸の分泌亢進は胃痙攣、腹部膨満、吐き気、下痢、便秘を起こす。低血糖症の患者の中には左上腹部(膵臓の部位)の痛みを訴える人も多い。
インスリン過剰は膵臓の疲れを起こし、消化酵素(リパーゼ)の分泌を低下させます。

(4). 甲状線ホルモンは血糖値を上昇させるため分泌されるホルモンの一つです。急激な上昇は、手指の震え、感情の不安定さをもたらします。

以上のように、低血糖症は様々な症状を現すので「偉大なる物まね師」とも言われています。
  低血糖症は日本では血糖降下剤の内服やインスリン注射による医原性の低血糖症やインスリノーマによる低血糖症などが主なものとして知られています。しかし、ここで取り上げる機能性低血糖症は日本の医学界には未知の病気であり、一般の医師にとっては、医学部で学んだことも医学辞典にもないので知られていないのが実状です。しかし、アメリカでは2千万~4千万人の患者がいると推定され注目されながら、的確な診断をすることが難しい病気として取り上げられています。

日本でも最近は岩手大学の大沢博教授によって紹介され、新聞にも載るようになってきました。当クリニックは、日本で最初の本格的低血糖症治療ができる診療所として、現在全国から患者が集まるようになってきました。検査を1988年から始めていますが、90%を上回る人が低血糖症であると診断しました。低血糖症と当クリニックの診療が雑誌やテレビで取り上げられ、1998年からは毎週4,5人検査をして、そのうち95%以上が低血糖症です。これは当然、自分から低血糖症だろうと考えての来診ですから、参考にはなりませんが、やはり日本でも糖尿病患者を超えた潜在的低血糖症患者がいると私どもは考えております。今後、典型的な現代病として、この病気の理解を広め、治療法を進めていくことが当クリニックの課題として理解しています。

診断には前日の夜から水と食べ物を絶ち、喫煙もしないで5時間のOGTT(精密耐糖能負荷試験)という計9回の採血をすることが必要ですので医者にとっても患者にとっても非常な負担になります。また、保険診療で認められていないため、手間と時間を掛け説明までして診察する医者は殆どいないというやっかいな病気です。

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