低血糖症 資料

柏崎良子著 [栄養医学の手引]より抜粋

47章 低血糖症のメカニズム

 低血糖症は1924年シーレ・ハリスによって提唱されたもので、血糖の調節がうまくいかない病気です。糖尿病は血糖値が異常に高くなる病気ですから、糖代謝の欠陥という観点からは似た病気と言えます。 数千年来、人類は自然の複合炭水化物、低タン白、低脂肪の食事により健康を維持するように遺伝子に組み込まれてきました。ところがこの数百年の間、肉や魚がかなりの割合で摂取され、白砂糖や精製小麦粉など精製食品の大量摂取によって栄養関連障害が発生しています。その一つが低血糖症なのです。 人間の身体の中では、食物から得られた色々な栄養が消化され、吸収され、利用され、そして燃やされ、身体の組織や器官が維持されています。それを「代謝」といいます。栄養素のうちの基本的なものである炭水化物、タン白質、脂質はそれぞれ次ページの図のように代謝されて、ATPに代表されるエネルギーとなり使われます。 具体的に、例えば炭水化物の一つであるご飯を食べたとします。良く噛んでから胃の中で消化され腸へ運ばれて吸収されます。すると血液中の血糖値が上がってくるわけです。でもご飯の場合は吸収されるまでの時間がかなりあるので血糖値の上がり方は、ゆっくりになります。さらに白米ではなく胚芽米や玄米であれば、胚芽の中のビタミンやミネラルが複合炭水化物としての役割を果たすことができるので血糖の上昇はさらにゆっくりなものとなります。この血糖の値を下げる働きをするのはインスリンだという事はご承知かと思います。

ビタミンB群と糖質、タンパク質、脂質の代謝

ところが、ジュースを飲んだとしますと、ブドウ糖も果糖も単糖類なので、舌や胃からも直接吸収されてしまい一気に血糖値が上がってしまいます。人間の身体には常に血糖値を一定に保つという機能が備わっているのですが、このような状態が長く続くとその機能が正常に働かなくなってしまいます。これが低血糖症なのです。人間の身体は短期間のストレスに対しそれを調整する機能が働く事ができますが、長期的なストレスには耐えられないのです。

血糖値が十分高い時は肝でブドウ糖がグリコーゲンとして貯えられ、脂肪組織ではブドウ糖が脂肪に変わり、またブドウ糖からアミノ酸へと変わって行きます。反対に血糖値が低くて血糖値を上げる必要がある時には脂肪酸からブドウ糖(まれにケトン体)の生成がされ、アミノ酸がブドウ糖となり、エネルギーを補充していきます。このように、それぞれの臓器によって主として使う代謝物質に違いはあっても、ブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸は形を変えながら身体のエネルギー源として補い合っているのです。

低血糖症の方は血糖値を急に押し上げてしまうようなものは口にしないという決心が必要です。甘いものはもちろんのこと、ジュース類(含野菜ジュース)は厳禁です。でも不思議なもので症状を多く抱えている低血糖症の方ほどふっと甘いものなどを食べたくなってしまうようです(「今日はちょっと疲れたから」などと……)。数ヶ月して「このごろ甘いものを見ても食べたいと思わなくなった。」と言われる方もおられます。これは血糖値が安定してきた時に起こるのです。

ブドウ糖の代謝

食物中のデンプンと糖(スクロース、フルクト-ス、マルト-ス、ラクト-スなど様々な形の自然の糖がある)が、消化の過程で分解され処理されて単糖、グルコース(ブドウ糖)になります。そしてブドウ糖は十二指腸上部で吸収され、血中に入り血糖になります(グルコース以外の果糖やガラクト-スは肝臓でグルコースに変えられます)。血糖の99%以上がブドウ糖です。十二指腸で吸収されたブドウ糖は、門脈を通る際、肝臓に約38%が吸収され、残りは、血液を通して全身の組織に運ばれてゆきます。このとき、糖の値を感知して調節の役目を果たすのが膵臓と脳の視床下部です。

血糖の量が増えてくると膵臓からインスリンが出ます。すると肝臓ではインスリンの働きによってブドウ糖が肝臓に取り込まれ、グリコーゲンに形を変えて貯えられます。同時にインスリンは、末梢組織、特に心臓、骨格筋、脂肪組織ではブドウ糖の透過性を高めるのでブドウ糖が血中からそれらの組織にどんどん流れ込み、グリコーゲンや脂肪に変わっていく為、結果として血中のブドウ糖が低くなるという仕組みです。このとき、何らかの異常(インスリンレセプターの異常など)があり、インスリンの作用が順調にいかない場合、身体は、ブドウ糖を細胞に送り込まなければならないので、やむなくインスリンを過剰に分泌するようになります。糖尿病でインスリン過剰分泌型の人に肥満が多いのはこのためです。低血糖症の場合、膵臓が疲れている為、調節する力が欠け、インスリンの出方が急激に多くなったり少なくなったりして不規則となり、血糖値が安定しません。脳はブドウ糖を貯える事ができず(40秒間に消費してしまいます。)、ブドウ糖しかエネルギー源とすることが出来ませんから、絶えず適切な濃度のブドウ糖の供給がどうしても必要です。低血糖症のようにブドウ糖が不安定な状態になる事は脳にとって大変不都合な事なのです。そこで血糖値が下がって脳細胞がブドウ糖を受け取れなくなると、一定の基準の中に(100mg/dl前後)収める為に、あるメカニズムが作動します。それは、自立神経とホルモンの働きです。

各組織に運ばれたブドウ糖は細胞の中に入ると解糖系を経てミトコンドリアに入ります。さらに電子伝達系を経てTCAサイクル(別名クレブス回路)に入りエネルギーが産生されます。この回路によるエネルギー産生率は、私達の身体全体エネルギーの約80%以上に及びます。この過程の中で補酵素として酵素の働きを助ける、ビタミンB群が重要な働きをしています。低血糖症の方ではブドウ糖の代謝に通常の10倍~100倍といった大量のビタミンを必要とする方が多いのです。肩がこった時、ビタミンB剤を飲むと楽になりますね。それは、ブドウ糖の代謝産物である乳酸が筋肉を刺激して痛みをおこしていましたが、補酵素であるビタミンB群を摂る事で、乳酸がピルビン酸に変わり肝臓でエネルギーを作られるからなのです。

インスリンの臓器特異性について

各臓器はブドウ糖を摂り入れる時、インスリンに頼るものと頼らないものとが有り、それを臓器特異性と言います。
頼る臓器   ・・・ 筋肉、脂肪組織
頼らない臓器 ・・・ 脳、神経、網膜、腎臓

インスリン依存型の筋肉や脂肪組織では、血中に血糖が無い状態(栄養不足の状態)では補う能力を備えていないのでそのまま衰えていきますが、非依存型臓器である脳、神経、網膜、腎臓は血中の血糖が減っても血糖の補給を受け続けることが出来る仕組みになっており、飢餓状態でもそれらの臓器は守られるように出来ています。    例えば甘いものを摂った時にめまいを起こす人がいます。これは甘いものを食したことで急激に上昇したブドウ糖が、インスリンにたよらずにブドウ糖を吸収する臓器である脳にどんどん摂りまれ
てしまい、その多量の糖を代謝するためインスリン非依存型臓器……脳、神経、網膜に補酵素であるビタミンB群を消費してしまうからなのです。

逆に血糖が増えた場合、インスリン依存型臓器である筋肉や脂肪組織には高血糖を処理する能力が備わっているので影響を受けませんが、非依存型臓器である脳、神経、網膜、腎臓は大量の糖に対応できない仕組みなので血管が拡張し傷んできます。これらの非依存型の臓器をご覧になってお気付きの方は糖尿病に関心をお持ちの方ですね。そうです。これらは糖尿病の合併症を引き起こす臓器なのです。血糖が高い状態では糖がどんどん流れ込んでしまいTCA回路や電子伝達系はフル稼動しますが、糖を燃やすために大量の酸素や酵素を使うので酸素不足になり腎臓や網膜の血管が拡張して傷んできます。さらに血糖が高くなると解糖系だけでは足りず普段は使われることのない、ポリオール代謝経路を使って糖を燃やすようになり結果として代謝の副産物が蓄積して血管を傷め、糖尿病性網膜症や腎症などの合併症を引き起こす原因となります。

現代の飽食の時代は糖が溢れていて人間の身体にとって、とても危険である事は理解して頂けたと思います

下の表で名前が入っているホルモンは血糖値を正常に戻す為に分泌されます。

血糖値を上昇させるホルモン

*成長ホルモン……遊離脂肪酸を上昇させアセチルCoAよりATPを作る過程を促進
*ACTH…………副腎皮質を刺激する。一部副腎髄質も刺激する。
*甲状腺ホルモン…肝臓からのグリコーゲンを糖に変換。腸からのブドウ糖吸収を促進。脂肪よりATPを作る過程を促進する。
*グルカゴン………肝臓からのグリコーゲンを糖に変換する
*アドレナリン……肝臓と筋のグリコーゲンを糖に変換する
*コルチゾール……タン白質の分解を促進し、肝臓における糖新生及びグリコーゲンの合成を行う。

症状を起こすメカニズム

次に症状のおこるメカニズムについて述べてみましょう。

低血糖症では、ほとんどの人に疲れやすい症状があります。これは血糖値が低い為、脳や小腸粘膜をはじめ身体の細胞に十分エネルギーが行き渡らない為に起こるものです。特に脳の唯一のエネルギー源はグルコースである為、血糖値が下がった状態においては、脳神経が興奮(脱分極)した後、元に戻るためのエネルギーが不足して、集中力がない、物忘れがひどいなどの症状が起こります。

血糖を上げるホルモンの中でアドレナリン(及びノルアドレナリン)は大脳辺縁糸を刺激し、怒り、不安などの情動変化を起こしやすいのです。攻撃ホルモンと言われるアドレナリンは怒り、敵意、暴力といった攻撃性的な感情を刺激し、反対にノルアドレナリンは、恐怖感、自殺観念、強迫観念、不安感といった感情をおこします。ノルアドレナリンは大脳皮質前頭野46野の神経伝達物質となっておりますが、低血糖などによりノルアドレナリンの濃度が急上昇すると理性的な判断が出来なくなり、自分自身の発作的感情に支配されるという現象が起こります。いわゆる「キレる」症状です。パニック障害も同じメカニズムによって起こると考えられます。同時に、アドレナリン(及びノルアドレナリン)は自律神経を刺激し血管収縮作用をおこすため、頭がしめつけられる、手足が冷たい、といった症状を引き起こします。眼の奥が痛いといった症状を患者さんはよく起こします。これは、血管が収縮する為、網膜の細胞にブドウ糖の供給が足りない為に、網膜細胞がエネルギー不足になっている為と考えられます。場合によっては失神したり、心臓が血管を収縮する為、狭心症様発作を起こす事もあります。また、交感神経を刺激する為、動悸、手足の震え、発汗を起こす事もあります。特に空腹時(夕方4時頃)手が震えて来る人に低血糖症の人がいます。

血糖値が下がっている時には、眼のレンズの調節をする毛様筋にエネルギーが十分いかない為にレンズ調節が出来ず眼の中に光が入り過ぎてまぶしい、といった症状をよく起こします。複視や焦点がぼけるといった症状が起こる事もあります。これは一時的でしばらくする(20~30分)と良くなります。

血糖値が下がっている時には視床下部が刺激を受け、摂食中枢を刺激する為、甘い物が無性に食べたくなります。摂食中枢は副交感神経により刺激されるため仕事や勉強に集中した後や副交感神経が優位に働く真夜中などに過食になる人が多いのです。逆に満腹中枢は交換神経で刺激されるため、ストレスや緊張状態また喫煙により副腎から交感神経を刺激するホルモンが分泌されると拒食傾向となりがちです。こうように、摂食中枢は自律神経の影響を受けています。低血糖症では、血糖値の変動により視床下部から自律神経の刺激が起こったり低血糖時に副腎より交感神経を刺激するホルモンが出るため拒食や過食が起こりやすいのです。その症状は貧血により助長されるようです。また、脳の中に血液を押し上げて身体が栄養を取り込もうとする為、血管の中に、目一杯溜まった血液が心臓の脈動に伴い血管壁を圧迫して偏頭痛を起こしやすいのです。

アトピー性皮膚炎や関節炎などでは副腎から抗炎症ホルモン(コルチゾール)が出ますが、低血糖症でも副腎が活動するため副腎が疲れやすくなり皮膚炎、喘息、関節炎などの症状が起こりやすいのです

人間の身体は緊急事態のストレスの要請には対処する事が出来るけれども、慢性的なストレスには対処できないように作られています。ですから、日頃から精製糖、アルコール、タバコ、カフェインなど血糖値を上昇させる食べ物の過剰摂取を避け、運動を適度に行ないながらリラックスして生きていく事は低血糖症の治療にとても大切な事なのです。


自律神経の働き
交感神経 → 満腹中枢を刺激 → インスリン分泌を抑制 → 血糖上昇
副交感神経 → 摂食中枢を刺激 → インスリンを分泌 →  血糖下降
空腹時 → 視床下部で感知  → 交感神経 → 副腎髄質を刺激しアドレナリン
(及びノルアドレナリン)の分泌を促す






 低血糖症は1924年シーレ・ハリスによって提唱されたもので、血糖の調節がうまくいかない病気です。糖尿病は血糖値が異常に高くなる病気ですから、糖代謝の欠陥という観点からは似た病気と言えます。

数千年来、人類は自然の複合炭水化物、低タン白、低脂肪の食事により健康を維持するように遺伝子に組み込まれてきました。ところがこの数百年の間、肉や魚がかなりの割合で摂取され、白砂糖や精製小麦粉など精製食品の大量摂取によって栄養関連障害が発生しています。その一つが低血糖症なのです。

人間の身体の中では、食物から得られた色々な栄養が消化され、吸収され、利用され、そして燃やされ、身体の組織や器官が維持されています。それを「代謝」といいます。栄養素のうちの基本的なものである炭水化物、タン白質、脂質はそれぞれ次ページの図のように代謝されて、ATPに代表されるエネルギーとなり使われます。

具体的に、例えば炭水化物の一つであるご飯を食べたとします。良く噛んでから胃の中で消化され腸へ運ばれて吸収されます。すると血液中の血糖値が上がってくるわけです。でもご飯の場合は吸収されるまでの時間がかなりあるので血糖値の上がり方は、ゆっくりになります。さらに白米ではなく胚芽米や玄米であれば、胚芽の中のビタミンやミネラルが複合炭水化物としての役割を果たすことができるので血糖の上昇はさらにゆっくりなものとなります。この血糖の値を下げる働きをするのはインスリンだという事はご承知かと思います。

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